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テクニカルノート(計算実例集)
IRスペクトル(赤外線吸収スペクトル)
 IRスペクトル(InfraRed absorption spectrometry)は、測定対象物質に赤外線(IR)を照射し、吸収された波長を測定することにより得られる吸収スペクトルです。赤外線の吸収波長は、各化合物に含まれる官能基に由来し、吸収ピークと官能基の構造を帰属することにより化合物構造の同定が可能となります。
 量子化学計算では、化合物の最適化された構造に対して、各原子間の振動(伸縮振動及び変角振動)エネルギーを計算し、これを波数(波長)に置き換えることでIRスペクトルを得ることができます。分子振動に由来するエネルギーは主に赤外線領域に相当し、概ね4000~500(cm-1)までのスペクトルが得られます。
 理論的なIRスペクトルは、試料測定時のノイズを除いた振動に由来する純粋な吸収ピークを示すものとして、複雑な化合物の同定に活用できる他、吸収強度は絶対値(km mol-1)で計算できるため、各物質間で強度の相対比較を行うことも可能です。  
 
1. IRスペクトルのフィッティング
 量子化学計算では各分子振動に由来する純粋な吸収ピークが計算されるため、測定装置より得られる吸収スペクトルと同様のスペクトルを得る場合には、吸収ピークを関数でフィッティングする必要があります。
 赤外線吸収はコーシー(ローレンツ)分布に従うことが知られているため、計算により得られたピークを下記のローレンツ関数(Lorentzian)でフィッティングすることによりスペクトルを得ています。半値半幅(ω)には一般的な値である10(cm-1)を用いています。
\( f(x) = f(x_0) + \cfrac{2}{\pi}\cfrac{\omega}{4(x-x_c)^2 + \omega^2} \)

2. IRスペクトルの計算例と測定結果の比較
 下記に、量子化学計算によりIRスペクトルの算出を行った計算例を示します。

p-chlorofluorobenzene (CAS番号:352-33-0)

最適化構造(B3LYP/6-31G(d))

IRスペクトル(測定)
SDBSWeb : http://sdbs.db.aist.go.jp (National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, 09/2015)

IRスペクトル(理論計算) [PDFファイル]
計算レベル:B3LYP/6-31G(d)

4-bromotriphenylamine (CAS番号:36809-26-4)

最適化構造(B3LYP/6-31G(d))

IRスペクトル(測定)
SDBSWeb : http://sdbs.db.aist.go.jp (National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, 09/2015)

IRスペクトル(理論計算) [PDFファイル]
計算レベル:B3LYP/6-31G(d)

1-(2-(dimethylamino)ethyl)-1H-tetrazole-5-thiol (CAS番号:61607-68-9)

最適化構造(B3LYP/6-31G(d))

IRスペクトル(測定)
SDBSWeb : http://sdbs.db.aist.go.jp (National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, 09/2015)

IRスペクトル(理論計算) [PDFファイル]
計算レベル:B3LYP/6-31G(d)

famotidine (CAS番号:76824-35-6)

最適化構造(B3LYP/6-31G(d))

IRスペクトル(測定)
SDBSWeb : http://sdbs.db.aist.go.jp (National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, 09/2015)

IRスペクトル(理論計算) [PDFファイル]
計算レベル:B3LYP/6-31G(d)

octaphenylcyclotetrasiloxane (CAS番号:546-56-5)

最適化構造(B3LYP/6-31G(d))

IRスペクトル(測定)
SDBSWeb : http://sdbs.db.aist.go.jp (National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, 09/2015)

IRスペクトル(理論計算) [PDFファイル]
計算レベル:B3LYP/6-31G(d)

3. スケーリングファクター
 量子化学計算により求められた振動エネルギーは、理論計算レベルによる誤差を修正するため、波数(エネルギー)にスケーリングファクターを乗ずることで、より実測値に近い値を得ることができます。スケーリングファクターは代表的なものでは以下が知られています。

理論計算レベルスケーリングファクター
B3LYP/6-31G(d)0.960
B3LYP/6-311+G(3df,2p)0.909
MP2/6-31G(d)0.943
B2PLYP/6-31G(d)0.949
B2PLYP/6-31+G(d,p)0.952

 各レベルに対するより詳しい数値は、論文やCCCBDBなどを参照して下さい。上記IRスペクトルの計算例では、0.960(B3LYP/6-31G(d)の場合)を乗じています。
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